お母さん、嫌いでごめん【ブラジャーを買ってもらえなかった17歳】

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バツイチ女の離婚•再婚

どうも、ゼロ子です。
今回は書く前から気が重いですが、
書くと決めたからには頑張ってみます。

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はじめに


いつかこの問題とは
しっかり向き合わなければならない
と思っていて、

せっかく自分のブログ
というものを始めて
自分の言葉で発信できるのだから

同じように悩み、
苦しんでいる人に向けて
書いてみたいと思う。
(いるかどうかはわからないけれど)

自分の腹に
ずっしりと重く、
ダラダラとうごめく感情。
いつも。今でも。いつまでも。

それは、母のことである。

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母が嫌い


私は、母が嫌いだ。

今まで、
この「嫌い」という感情のことを
はっきりとした言葉で
口にしたことがなかったように思う。

なんとなく
言霊ってある気がして

言ってはいけない
言ってしまったら何かが壊れる

そう思って気が引けていた。


実際こうして字にしてみると

罪悪感がすごいし、
自分の『人でなし感』が
ものすごく増す。

「嫌い」と言って
気が楽になるならいいのだけれど
どうも違うらしい。

でも、
自分と向き合うと決めたのだから
はっきり書いてみる。


私は親が嫌いだ。
特に母が嫌いだ。


憎むほどではないが
好きじゃないし尊敬もしていない。

思春期の時には
ただの反抗期かと思っていたけれど

違った。

ずっとだ。
ずっとだったんだ。

物心ついた頃から、
小学生も中学生も高校・大学も
社会人になってからも
人の親になった今も

ずっとなんだ。

それを自覚した時

愕然とした。

母のことが嫌いだなんて

なんて寂しいことだろう。
なんと悲しいことだろう。

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家庭環境

私が育った環境は
平凡を絵に描いたような
ごく普通の一般家庭。

無口で不器用なサラリーマンの父
節約が好きな友達の多い明るい母

兄と妹の5人家族

裕福でもなく
かといって困窮家庭でもなく
昭和のよくある普通の家庭だ。


DVなし
暴言や恫喝もない
ネグレクトもない

いわゆる「毒親」ってやつでは
ないとは思う。

家族仲良しで楽しそうねと
羨ましがられることもあった。

周りからは
幸せそうな家庭に見えていたと思う。

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育て方を間違えた

母の口ぐせ

「育て方を間違えた」

これは、母の口癖だ。

子供が
自分の意に沿わないようなことをすると
よくこれを言う。

一見、
母親である自分を責めているかのように聞こえる言葉だけれど

言葉の持つ意味は違う。

子供にとっては、

今まで生きてきた全てを
否定される強い言葉だ。


生まれ落ちた瞬間から
それまでの短い人生の中で

自意識や
自己肯定感
自信

そういうものが芽生えたとすれば
それら全部を
消し去ってしまう強烈な一打。

どこから間違ったの?
私はどこから違うの?

自分の育てられ方なんて
客観的に見たことがないし、

その「間違った」を
体現しているのは私自身。

でも
その自分自身も自分では
見る事ができない。

で、
間違ったのは親なんだから
自分ではどうしようもない。

「あ、そう」

投げやりな気持ちになる。


親にとっては何気ない言葉でも

幼い私も
大人の私も
やっぱりバッチリ傷ついていた。

教訓


私が親になったら

子供が何を間違い、
どこを正すべきなのか、
きちんと見つけたら

人格ではなく、
「そのこと」を諭してあげよう。
そう肝に銘じた。

まとめ


「育て方を間違えた」は
「産まなきゃよかった」に等しい。

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初潮を無視される

中1の夏


トイレに行くと
パンツが茶色に染まっていた。

一瞬、
何が何だかわからず焦ったが、

「そういえば保健体育で習ったな」

と思い出して
すぐに冷静になった。

「お母さん、生理がきた」

その時の母の顔が
今でも忘れられない。

怒ったような緊張しているような形相で

「どれ!見せなさい!」

この汚れた下着を
母に見せなければならないのか。

恥ずかしいし、嫌だけど、

(この人は
口で言っただけでは信じない)

と、すでに知っていた。


パンツを見せると、

母は無言で立ち去った。


3年前、
小学校五年生の放課後に
女子だけ体育館に集められて
生理について学んだ日。

あの日に、
ビニール製のかわいいポーチが配られ、
その中にはナプキンが3枚ほど入っていた。

それから3年後のこの日、
部屋に戻った私は

その古びたナプキンを
一枚取り出して

ひっそりとつけた。


初めての生理。


親は、
ナプキンを渡してくれなかった。


母の汚いものを見るようなあの目。

他人から見れば
もちろん汚いものだけど、

我が子の初潮がなぜにそんなに
憎いのか。

生理ってそんなに悪いものなの?

教訓

私が親になったら

娘が初潮を迎えた日には

「おめでとう」

と、まず言おう。
そう心に誓った。

まとめ

生理は悪いことじゃない

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下着を買ってもらえない

女子高生

中学生まではペタンコだった胸も
高校生になると膨らんできた。

体育の時に、
走ると乳首が擦れて痛い。

上下に揺れて
乳房がちぎれそうにもなる。

走り幅跳びの時なんか、
最低だ。


「ブラジャーが欲しい」



私は母に頼んだ。


母は、
私の胸を一瞥して

「まだ、いらないでしょ」


お小遣いはもらっていないので
自分で買うお金はない。


肌着を何枚か重ねるしか
私にできることはなかった。

高3の夏、

見かねた親戚が
新品のブラジャーを
物陰でそっと渡してくれた。

Aカップのブラジャーだった。


後から知ったが、
私はDカップだった。


私は初めてのブラジャーが嬉しくて
Dカップを無理矢理詰め込んだ。

毎日毎日それをつけて
高校に通った。

どうしてこんなに大きくなっても
ブラジャーを買ってもらえなかったのか、理由がいまだにわからない。

貧乏だったから、ではないはずだ。

私が子供から大人になるのが嫌だった?
ブラジャーは派手で卑猥なものだと思っていた?

いくら考えてもわからない。

教訓

私が親になったら

娘の胸が目立ってくる前に
一緒に下着売り場に行って

自分のも一緒に買って
「お母さんの派手だよ〜」
なんて笑われながらお会計したい。
そう願った。

まとめ

ブラジャーは、
しない方が卑猥。

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本当に苦しい時には助けてくれない

親は味方?

親というものは、

苦しい時に
助けてくれる存在だと思っていた。

それについては
考える余地がないというか
全自動で世の中そうなっていると
当たり前のように思っていたのだ。

そこに理由はない。
だって家族だから。


でも、
大人になるにつれ、
だんだん気がついてきた。

あれ?

という違和感。

うちは、
違うっぽい。

いざというときに
親が助けてくれるってのは
もしかして神話?迷信?

助けてくれるってのは
お金とかじゃなくて、

支えとか、愛情とか
そういうやつ。

親の思い描いたストーリーから
外れた途端、
なんとも冷たい氷の世界。

20歳


付き合っていた人が事故で死んだ時。

ボロボロの状態で田舎の母に電話したら

「そういう話、聞きたくなかった」

娘が誰かと恋愛するとか
そう言う話自体を
受け入れられないらしい。

30歳


離婚することを電話で伝えた時

「どう思われると思ってるの!」

と、近所や親戚一同への心配。


この頃には
もういい加減わかっていたけれど、

母には
私の精神状態なんてものは
どうでも良いのだ。


傷ついたであろう娘を
温かく迎えてやろうなんてことは
1ミリも思わない。

「離婚しないで」と連呼しながら
電話口で泣き叫んでいた。

娘の意志が固いと知るや

伝家の宝刀
「育て方間違ったわ」

ヤッパリネ・・・

30代半ば


どうしても実家に身を寄せなければ
生きていけなかった半年間。

世間体が何より大事な母は、
大きな娘が実家に住み始めて
慌てた。

無言の圧力の毎日。
その合間にかけられる言葉といえば

「いつ出ていくのか」

「郵便物までこっちに転送されると郵便屋さんがわかってしまうからやめて」

「今日は親戚が来るから外に出てって」

私にわかるように物陰で泣いたフリ。

『迷惑』
と字で書いているかのような昼食。
黒く焼け焦げたポークビッツ2本だけ。
私、一応妊婦だったけど。

昼は父がいないから、
父にバレないように
そういうやり方で
トゲだらけの気持ちをぶつけてくる母。


作ってもらって文句言うなって?
実家に居座って何を贅沢なって?

そうね。うん。そうだと思う。

だからそれ以降、
朝9時から夕方まで
外で過ごすことに決めました。

一応妊婦だったけど(2回目)

そして半年後
実家を出た。

もう2度と、一緒に住むことはない。
何があっても。

ボケたり、介護が必要になっても。

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エコー写真が「気持ち悪い」

妊娠中

またも
母の思惑通りにコトが進んでいない時、

少しでも喜んでもらおうと
お腹の子のエコー写真を見せた。

すると一言。


「気持ち悪い」

予期せぬ言葉が返ってきた。


私を全否定したいんだな。
それだけはわかった。

大丈夫。
めっちゃ突き刺さってる。
命中だよ。お母さん。


「気持ち悪い」と言われたお腹の子は、今、その母に猫可愛がりされている。

「かわいい」「かわいい」
何度も言われている。

私はそれを笑顔で見ている。

でも、
目の奥は笑ってないよ。
忘れるはずないじゃない。

子の心親知らず


私の人生がうまく行っている時は、
連絡もしてくるし、
何かと気にかけてくれる。

うまく行っている時というのは、
就職や結婚、出産、孫の成長などだ。

でも、それは
私の幸福を聞いて喜ぶとか
そういう類のことではなかった。

どうやったら人に自慢できるか。
それを披露するためだけの
情報収集なのだ。

娘の行動が気に食わない間は
連絡してこない。
もちろん帰省も願わない。



淋しくしていないかな?
心が壊れたりしないだろうか?

そんな風に
心を寄せてもらった記憶は一度もない。


子供の気持ちを親が心配する。
それこそ神話か迷信じゃない?

教訓

私が親になったら、

子供が非常事態の時は

心配して
不安を共有して
笑わせて
あったかいご飯いっぱい食べさせて
解決の糸口を見つけようとしたい



そう当たり前に思えたことを
心から安堵した。

まとめ


世界中が敵になっても
親だけは子供の味方だ。

と、言うわけでもない。

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終わりに

最後まで読めました?
なかなか暗い話になっちまいましたね。
どうもすんません。

書いてスッキリするかと思ったら
なんと真逆でした。

なんせヘドロみたいな自分の腹ん中を
まさぐる作業でしたから。

ズボラなくせに、
のんびりおおらかな性格
と言うわけではなくて、
とってもネガティブな私です。

何かと自信がなくて
ダメな方にばかり考えて
でもふざけてばかりいて
人に嫌われたくなくて
けれども負けん気が強くて

自分でも
自分がよくわかりません。

その道の専門家が読めば、
ただの被害妄想なんだと思います。

やたらと
「〇〇してくれない」って言ってるし。
甘えですよね。
恵まれた環境で何を言っとるんじゃと
お叱りを受けてもしょうがないです。

あ、またネガティブ入ってる(笑)


現在、母は60代。
母が歳を重ねたら
この感情は変わるのかと
思っていたけれど


お母さん、ごめん。

私、やっぱり
あなたが好きじゃない。



あの頃の私は、
何かに飢えていた。

これだけは確か。

そして
今も、飢えたまま。

これも確か。



親が嫌いでもいいですか?
私と同じような方はいますか?

とっても淋しいし、悲しいけれど
そんな自分を認めてあげるのも

自分への愛情なんじゃないかと
思ったりする今日この頃です。

〜おしまい〜

【震え案件】母が私の離婚を知った時の反応↓


先日こんなことがありました(2022年2月10日の記事)↓

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