【ズボラ母の脱力育児】こどもは友だちの巻

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ズボラ母の脱力育児

どうも、ゼロ子です
ズボラな二児の母です
(あ、二児がズボラなんじゃないです。母親がズボラなんです)

子育てに疲れたママに向けて書いています
こんな(最低な)人いるんだ〜って
安心しに来てもらえたら嬉しいです
どうぞゆっくりしていってください

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こどもは 子供でなく 子友

<この記事の結論>

子どものことを友だちだと思って生活してみたら 意外と楽だった

という
共感を得にくい 一見ふざけたお話をしようと思います


早速ですが、

「子育て」って言葉

なんか・・・すごく・・・大変そう・・・ですよね

子育てという言葉、私は威力たっぷりに感じます
プレッシャー半端ないというか

人ひとりの人生が、おぬしの手に かかっているのじゃー的な。

もう呪いか何かでしょうか

人を育てるですって?

わたしには無理ですね(キッパリ)

自分のこともままならないのに
他の生き物を育てるとか
私にはキャパシティありません(国語力よ)

常に上から目線でいるのも疲れるんだわ
先に産まれたからって
誰かの手本になれると決まっている方がおかしいのでね
少なくとも私は
そんなちゃんとした人間じゃありません

ギリ体を大きくしてあげることは出来るかもしれないけど
情緒とか しつけとか、そういうのは荷が重い

とはいえ、
目の前には腹をすかせた幼き子がふたり。
私が世話してやらにゃ、路頭に迷うわけです

だから
いつからかこう思うことにしました

こどもは

「 年の離れた友だち 」

子供ならぬ子友こどもですわ

(上手いこと言った!)

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言うことを聞いてくれないとき

子どもを友だちだと思うことができれば
こんないいことがあります

<具体例>

①全然言う事を聞いてくれないとき

「友達が私の思い通りに動いてくれるわけないじゃない」

「彼には彼の人生があるんだから」

と早々にあきらめて
自分の好きなお菓子でも頬張っておく

この場合の自分とは母親のことです
お菓子を食べるのは自分です
自信を持って食べてください

②道路の真ん中で仰向あおむけ号泣かましてきたとき

「彼女には彼女なりの都合があるんだわ」

と鼻くそでもほじりながら待ってみる

鼻くそをほじることができない環境の時は

稲中いなちゅう」の田中たなかが1年間ビニール袋にため続けたオナラを
部室に一気に放出するシーン

を思い出すことでも代用ができます

↓ そのシーンを久しぶりに読みたくなった方はこちら

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友だちの定義

ここで言う友だち

知り合い程度の間柄ではなく

病気になったと聞いたら
二個ある腎臓のうち
迷わず一個差し出せる
それが友だち

(なんか重いんですけど)

年が離れているとはいえ

友だちなら・・・

◎ 疲れるまでバカみたいに一緒に踊り狂っても良いし

◎ 長く仲良くしたいから「チョコレート食べすぎじゃない?」って心配してもいい

◎ 意見が分かれたら喧嘩したりしても良い

◎ 悩み事を相談したりもできる(特に母から)

◎ 弱音を吐ける(主に母が)

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神様からの預かり物?

よく聞く言葉として

「子供は神様からお預かりしている」

っていうのがあります

私の場合、
神様からの預かり物
だなんて思ったら、とても窮屈な気持ちになります (アンタ・・・)

そんなありがたい存在と喧嘩なんてしようもんなら
ものすごく罪悪感に襲われそうです

た、た、宝物を、龍神様を、
泣かしてしもうたぁぁぁぁぁあ みたいな

そんなわけで
ゼロ子は、こんな風に思います

子どもは、
・意思のある人
・自分と違う人

年の離れた

私より純真で
私より打算的じゃなくて
私より嘘のない
私より顔も肌も心根も綺麗な
ラッキーなことに
今は私を信じてくれて
無条件に好きと言ってくれる

大切な友だち

そんな友だちと、暮らす毎日。

無理やり母親にならなくたって
友だちから始めてみても いいじゃない

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